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初の死刑求刑ということだが
2010-10-25 Mon 21:08
裁判員裁判で初の死刑求刑

ここにきてやっと死刑を評議する裁判に至ったってとこが、人為的なステップというかストーリーを感じさせるね。
この裁判員制度の是非には触れんけど、くたばるまでには一度やってみたいね。
中高生のころ、高木彬光氏や松本清張氏の推理小説を読み漁ったせいで、大人になったら法曹界で生きたいと思っていた。
特に高木氏の「検事霧島三郎」シリーズには深い感銘を受けた。
ま、身の程知らずのガキであったことは確かだ。

それはともかく、ここんとこの一連の報道は、初の死刑求刑に一般人である裁判員が重い決断を強いられるとということである。
だが、はたしてそうなのか?
いや決して軽く決断せよということではない。
殺人犯、犯罪者といえど一人の人間の重い命なのだ。
しかし、そのあれこれを考える前に原点に立ち戻って欲しい。
なんの罪も無い無垢な人の人生を一瞬で無に帰すような残酷なことをしでかさなければ、はなから死刑など求刑されない・・・・どころか裁判などというとんでもなく非日常的な舞台に立つことさえ無かったのだ。

ここ日本では相変わらず死刑に対していろんな論議が飛び交っている。
単純に言えば存置か廃止か。
廃止の場合の代替の刑はどうするのか。
断わっておくが、俺はいつも書いてるように勿論死刑存置派だ。
この死刑制度に関しては国民投票法に則り、結論を出せばいいと常々思っている。
国民投票法と言っても憲法改正のアレではなく、一般重要法案国民投票のほうね。
それで答がでたら、この件に関する論議は終わりと。
まぁ、間違いなくこの日本では死刑制度は存続するであろうが。

俺がいつも首をかしげるのは、一人しか殺してないから云々、二人以上殺したんだから云々の例のへんてこなロジックと裁判官の判例至上主義。
まぁ裁判官もお役人なんで判例至上主義はまだいいとしよう。
しかし前者の被害者の人数とか殺害方法で死刑か否かを決めるあの議論がどうしても理解出来ない。

万人が認めるような「酌むべき深い情状」がある場合や冤罪の可能性が否定できない事案を除き、人が人を殺せば一人であろうが複数人であろうが自分の命で贖うのを基本と考えるべきである。
戦場とかの尋常ではないシチュエーションとは程遠い、平和な社会において人が人を殺害するなど決してあってはならないことなのだ。
だから幼児虐待で我が子を死なせたとしても勿論死刑が基本スタンス。
あんなもん殆どが致死ではなく、未必の故意による殺人と考えるのが普通。
それでなくとも今日本人の民度はどんどん低下している。
殺したら死刑必至。
これでも抑止力に成り得るかどうか微妙。

今回の「耳かき店従業員とその祖母殺害事件」の担当弁護士曰く、
被告は遺族に毎日謝罪の手紙を書くなど、反省の態度を深めている。事件当時はパニックになり、善悪を判断する能力が低下していた。これまで犯罪に縁のない生活を送り、毎日自責の念に駆られている被告に極刑しかないのかどうか考えてほしい。
謝罪も反省も自責の念もすべて遅いんや。
こんな当たり前のことで死刑回避されたら、今後ほとんどの殺人犯はのうのうとムショ暮らしや。
これから毎日、死刑執行官が部屋の前に立ち止まるまで、命とはなんぞやを考え且つ死の恐怖に苛まれるべき。
だから裁判員のかたは胸を張って死刑を選択して欲しい。
今後につなげるためにも。
何度も言う。
殺人だけはそれ以外の犯罪と違い矯正だの更生だの考えたらあかんのや。
殺人→殺人の再犯率がなんぼかは知らんけど、出所してまたぞろ人を殺したときには誰も責任なんか取れんで。

よく弁護士が言う責任能力とか心神耗弱とかいうあれも、俺に言わせたら反対や。
今回もパニック状態や言うてるけど、パニック状態に陥ったり心神耗弱状態になって人を殺す奴は、またパニックや心神耗弱やいうて人を手にかけるで。
誰かてパニックになったり心神耗弱状態になる可能性はあるけど、その末に人は殺さん。
そんなんで殺人を犯すっちゅうんは爆弾や毒物と一緒でモロ危険因子やないか。
そんなんを罪を軽くして再度世に放とうというのか。
性犯罪者にGPSも着けず、去勢もせず釈放した結果、いままで何人の尊い命が散ったかよく考えてみるがいい。
不遜な理論で恐縮だが、心神耗弱やパニックになって人を殺した人間ほど死刑にするべきなのだ。

死刑廃止論者はよく、先進国では死刑は日本だけという。
しかし諸外国は日本に比べ、犯行現場における射殺率がぐんと高い。
日本ではよほどの事がない限り射殺や狙撃はしない。
空に向けて威嚇射撃するだけでも、笑ってしまうくらい事後が大変なのだ。
以前、愛知だったっけか、警官が射殺された立てこもり事件でも犯人は最後まで撃たれなかった。
アメリカなんてホールドアップから動いただけでも発砲されるってのに。
廃止論者はその辺のことには蓋をして自己の主張だけを述べるから阿呆丸出しだって言われるのだ。

そして、これは誰も唱えないが、俺的「死刑の最大目的」をこの際書いてまおう。
これこそ最高に不遜な考え方だが、死刑の最高の目的とはDNAのぶった切り、抹殺である。
先ほどから殺人だけは絶対に犯してはならない罪と切々と訴えてきたが、その神をも恐れぬ所業をいとも簡単にやってのけるその忌むべき遺伝子をその人物で途切れさせるのが大事なのだ。
誰だってまっとうな細胞を食い荒らすガンが体内に出来たら、生きるためにそのガンを切除する。
人間の社会も同じように存続・繁栄するためには病巣は取り除く。
つまり、死刑とは人が社会を形成し生き永らえていくための手術なのである。
ホンマに不遜なロジックやな(笑
が、俺は大まじめにこれを訴えたい。
ま、こんなこと評論家の類いが活字にしたり電波にのせたりしたら即廃業やろうから誰もこんなことよう言わんやろうけど。

もう一度言う。
死刑廃止派の人もよーく考えて欲しい。
人の大事な一生を理不尽な理由や欲望で奪いさえせなんだら、死刑になんか絶対にならんねん、この日本に限っては。
人を殺しさえせんかったら、死刑制度なんざあろうが無かろうが死刑囚なんか一人も存在せんねん。
子どもでも解かる簡単なこっちゃ。




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