毒ガス警報発令中!!
久しくご無沙汰しております
2015-03-01 Sun 10:43
久々の更新ではありますが、大したことない内容となっとります。

昨年秋から最近に至るまでいろいろとありました。
いろいろあるのは相変わらずなんですが、この期間のいろいろは結構ヘビーでした。

まずは昨秋、この下らない記事の羅列のブログで俺の安否確認(笑)してくれたいた叔母が他界してしまった。
頻繁に交流があったわけではないが、絶縁状態にある家族と俺の間に入り尽力してくれた叔母がすい臓ガンでホスピスに入ったという連絡を、その絶縁状態にあるお袋からもらったのは、まだ夏の暑さが残る9月だった。
押っ取り刀で、教えてもらった京都の北区のホスピスに駆けつけると、もう俺と言葉を交わせるほどの力はなかったようだ。
視力もほとんどなく、俺の顔も見ることが出来ないでいた。
ただ、俺が来たことは認識できたようで、俺が手を握ると、死期が迫った人間とは思えないほどの力で握り返してきた。
そして、何とも言えない穏やかな笑みを浮かべた。
これが叔母と交わした最後の無言の会話だった。
それから10日ほどして逝った。
お袋は83の高齢だし、叔母は独身を通したんで、結局俺が生まれて初めての葬儀委員長を務めた。
葬儀委員長がめそめそしてるんも格好悪いんで、必死で涙をこらえましたよ。
お骨というものも初めて拾いました。

これがきっかけで俺とお袋や妹との間に会った、高い雪の壁が一気に溶けた。
まぁ、絶縁のもともとの原因は俺と親父の不仲だったんで、その親父は10年ほど前に死んだのだが、あとはきっかけだけだった。
とはいえ、20年の絶縁にそうきっかけが簡単に現れるわけもなく、だらだらと年月を重ねていた。
お袋も80を超える高齢で、いつまでもこのままというわけにはいかないとは思っていたが、なかなかね。
正月も20年ぶりに実家で過ごした。
妹が酒好きなオバハンになってたのには驚いたが、お袋も妹も華子をとても気に入ってくれたんでよかった。
ここに叔母がいればもっと良かったんだろうけど、それは思っても詮無きこと。

で、最近またとても悲しい出来事が。
ここ数年無沙汰していた、美容師時代の親友が逝った。
年は俺より一つ若く、まさかって感じだった。
頼りのないのは元気な証拠ってよく言うが、友人の嫁からメールが入った時点でなんかピンときた。
その嫁からのメールなんてはじめてだったんで、あ、かねてから患ってた難病のギランバレーが悪化したんかなと。
しかし、まさか自分でメール送ってこれんほど悪いのかって思いながら開くと。
なんとギランバレーではなくて末期の肝硬変で病院のベッドからすでに起き上がれないとのこと。
病気が原因で仕事が出来ず、朝からずーと長い期間飲みっぱなしだったらしい。
叔母の時と同じく、無沙汰してたのを後悔しながら旧友たちと駆けつけたが、見舞いのお菓子もペロッと食ってくれたし、俺の説教も微笑みながら聞いてくれたのだが、結局言葉を交わしたのはそれが最後になった。
次に行ったときは眠剤で半ば強制的に眠っていたからだ。
そしてその翌週、眠るように穏やかな顔をして逝った。
筋肉や脊椎に次から次へと難病を発し本当につらかったと思うが、腹水がたまり、吐血するまで飲むなんてやっぱり馬鹿野郎だ。
俺みたいに嫁も子供もいないジジィならまだしも、まだ57歳で、嫁はんと中高生の子供2人がおるのに、ほんま馬鹿野郎だ。
仕事の都合でどうしても葬式には出られなかったが、初七日が休日だったんで線香をあげに行った。
遺影を見ても、位牌の前に置いてあった数枚の写真を見ても涙は不思議と出てこなかったが、帰って、そいつと波乗り行ってた頃のビデオ見直しながら飲んでたら、ボロボロと涙がこぼれた。
ほんと、バカな死に方しやがった。

俺がとっても気に入ってるなかの一曲で、YouTubeにも上げてるMIXにも使ってる曲なんだけど、前からこれ聞くたんびにこの友人のことを思い出してたんだが、結局OKじゃぁなかった(泣
でも、これからもこの曲を聴くたんびに、こいつのことを思い出すんだろうね。


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